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【旅と就活】大学時代のうちに東南アジアを一周して、得られたこと

大学生の中には、「学生時代に海外を旅して見たい」と思う人も少なくないと思います。

今回この記事では、僕が大学三年の時に行った東南アジア旅行の体験談を紹介させていただき、

「何かに挑戦したいけど勇気が出ない」

「充実感が得られない毎日に辟易している」

そんな方の行動するきっかけを少しでも作るとこができれば幸いです。

はじめに

まず初めに僕が何をしている人間なのか、軽く自己紹介をさせてもらいます。

僕は現在、静岡県で会社員をして生活を送っている23歳です。

大学を卒業し、中小企業で働いています。

趣味は爬虫類や猫を飼育して、ぼーっと見ていることです。

猫は無邪気でマイペースで、見ていると嫌なこと大体忘れられます。

猫たちは生きているだけで誰かの救いになっていてすごいです。

我が家の猫

あとはやっぱり旅行です。

旅行をするとリフレッシュもできるし、何より物の見方が変わる気がします。

こんな言い方をすると大袈裟かもしれませんが、日本では常識と言われるものであっても、当然カンボジアではそうでないことがあります。

日本に戻った際に、海外とのギャップにより一定期間普段の生活に感動が生まれます。

準備

そもそもなぜ僕が東南アジア旅行をすることになったのか。

それは旅行が非日常の連続で楽しいからです。

僕が大学入学と同時に地元を離れ、一人暮らしを始めました。

知らない土地で日々少しずつ行動範囲を広げ、何かしらの発見があると興奮しました。

「こんな道が海まで続いていたの!?」とか、「ここにこんな美味しい蕎麦屋があったのか」とか、「この海岸の景色が綺麗」とかなんでもいいです。

いつしか海外に漠然とした憧れと興味を持ち、行きたいなぁと思うようになりました。

そこで物価が安く、気温も高そうで路上で寝ていても死ななそうな東南アジアなんか良さそうだと目をつけました。

海外って言うと、実際に見たことのないものばっかりだろうし、言葉もよくわからない、食べ物も未知のものがあるのではないかとか、退屈しないことは想像に難くなかったです。

昨今はネットで調べれば大体のことが分かりますが、実際にものに触れて、空気を吸って、街を歩くことはより濃く記憶に残り、その後の人生に少なからず影響を与える気もしました。

大袈裟に言いましたが、実際は高尚な理由などはなく、単純に楽しそうだと言うことで行くことを決意しました。

思い立ったが吉日ということで、兄に旅行をすることを相談したところ、資金を提供してくれたため、日々のバイト代と合わせて資金の問題はクリア、航空券を購入。

この時は6月くらいだった思います。野良犬と事故にあった場合の輸血が怖かったため、狂犬病とA型肝炎、B型肝炎のワクチンを接種していきました。

持ち物は衣料、パスポート、クレジットカード、充電器、カッパ、盗難防止の南京錠などを用意していきました。

夏休みを使ったため期間は8月の1ヶ月間、資金は往復の航空券やワクチンを含めて15万円ほどだったと思います。

ルートは、反時計回りにタイ→カンボジア→ベトナム→ラオス→タイの4カ国。結果的に10都市を巡りました。

気がつけば、休みがはじまったのでいざ、海外旅行へ。 

飛行機からの景色

ベトナム航空の機内食美味しかった

旅行内容

ここからは僕自身の旅の様子を紹介します。

僕の体験を通して少しでも旅行や海外へ興味を持ち、その後の生活に繋げていただくことができれば幸いです。

スワンナプーム国際空港

タイに到着したのは午後8時ごろだったような気がします。

宿の予約はしていなかったですが、どうにかなると思っていました。

空港から賑やかそうなところにいきたいと思っていたので、カオサン通りというところに行くことにしました。

バスに乗り込んでみると日本人の方(Kさん)がいたためお話をし、その方が泊まる宿について行くことにしました。

僕は人見知りをしてしまうため、日本だった、初対面の人に話しかけるということはとても勇気のいることだと思っているのですが、知らない土地では話しかけざるを得ない状況に近いため、いつもより積極的にならざるを得ません。

こういった、人と関わる機会が圧倒的に多いという点は海外旅行のとても良い点のひとつだと思います。

運よくその日はKさんと同じ宿に泊まることができ、宿泊者の方々との情報交換することができました。

いつもとは異なる環境で生活を送るということは、精神的に負担になることだと思っていましたが、好奇心や旅行者の方々のお話が楽しくて、ほとんど気になりませんでした。

タイでの宿は、日本人が経営するゲストハウスであったため日本の方が多く、交流もスムーズにできました。

その宿には世界一周を経験した方々が数名宿泊しており、話がとても刺激的だったのを覚えています。

多くの方がエネルギーに満ちていて、散歩でもするかのように明日はインドに行く、とかベトナムまで行ってみるとか当然のように話していました。

ここでの出会いは一瞬のことだった気もしますが、今思うと本当にどの方も印象に残っています。

カオサン通り

その後は、宿の方の紹介や、得た情報からルートや宿を確保し、カンボジアはシェムリアップへ向かいました。

僕は「シェムリアップまでのツアー」という形でカンボジアへいきました。

シェムリアップ到着時はすでに日が落ちており、宿にいき夕食を食べるだけでした。

しかし夜は営業中の両替所が少なく、何か食べるのにも一苦労だった覚えがあります。

ネット環境もフリーWi-Fi頼りだったため、宿の場所を探すのも誰かに聞くしかありませんでした。

とりあえず誰かに話しかけて、宿の名前などを伝えると案内してくれました。

シェムリアップでは一本裏の道に行くと、かなりの確率で野良犬と出くわしたため注意が必要でした。

重いバックパックを背負って、野良犬数匹に挟まれた時は焦りました。

今思うと、ツアーは高額で案内人と宿がついてくる感じだったので、個人で移動した方が金銭的には安く済むし、負担になる要素も大差ない気がします。

右も左も分からずに行ったので、案内人がいてくれるという安心感はありました。

人も家屋もオープンでとても親しみやすい地域だと言う印象だったのを覚えています。

内戦や樹木により倒壊しているベンメリア遺跡

街外れの風景

シェムリアップを経ち、首都プノンペンへ。

ここは首都というだけあり、それまでの街並みとはまるで違っていました。

ビルが立ち並び、バイクなどの交通量も多く、ごった返していました。

その一方で、大通りのはずれには、生活感あふれる背の低い家屋が多く立ち並んでいました。

田舎と都会の貧富の差が激しく、生活にもかなりの差がある印象。

日本人は少なかったですが、欧米などからの観光者は数多くいました。

日本では田舎に行っても、多少不便になるくらいのものだと思っているのですが、カンボジアでの田舎と都会は街並みや建物にかなり差があるように感じました。

このような街並みの違いや地域での生活の差というのは些細なことかもしれませんが、旅行をしたからこそ感じられたことの一つなのではないかと思います。

プノンペンのビル

プノンペンのアパート

はずれの風景

プノンペンを出たあとは、ベトナムへ。

ベトナムではホーチミン、ダナン、フエに立ち寄りました。

この旅での長距離移動はバスを利用し、数十時間かけて何度も移動しました。

低予算であったためです。

時間はかかり、身体的な負担もありますが車内は思ったより快適で乗り物酔いがひどくなければ誰でもできると思います。

車内では皆口々に会話し、日本のように厳しいルールなどはなかったと思います。

夜になると運転手も眠くなるせいか、スマホで家族や友人とビデオ通話を楽しみながら運転していました。

ホーチミンでは道が入り組んでいる場所が多かったため、ホテルの場所が分からなくなることがよくありましたが、通行人に道を尋ねるとバイクで目的地まで連れて行ってくれたり、一緒に探してくれたりと人の優しさに触れることが多かったです。

あくまで個人的な意見ですが、この地域の人々は商魂たくましく、時間に縛られておらず、とても親切でした。

道に迷うと7、8割の人が案内してくれるし、ほとんどの人が丁寧に対応してくれました。

日本人は時間に厳しく、勤勉なイメージがありますが、同時に窮屈さを感じることがあります。

海外の人に触れたからこそ普段の振る舞いを省みる機会にもなり、もっと生きやすく生活してもいいのではないかと思えるきっかけにもなりました。

ホーチミンに到着したのは8月の半ば頃だったと記憶していますが、この頃には日本食がめちゃくちゃ食べたくなっていました。

向こうの日本食って現地の飲食店に比べて少し値段が高かったので尻込みしていたのですが、耐えきれませんでした。

失礼を承知で正直な話、おそらく日本で食べたらまぁ普通、くらいの料理だったのかもしれませんが、ベトナムで食べる日本食はすごくおいしかったです。

海外にいたからというより日本を離れたからこそ気づけた、日本食の良さがあったと思います。

ちなみにラーメンは食べませんでした。

北海道ラーメン八十八

食べかけのカレーライス

たこ焼き

次に訪れたダナンは海沿いの都市であるため、砂浜のビーチと海が有名な街です。

大きなショッピングモールもあり、値切りの才能があればたくさん買い物できると思います。          

フエは移動の中継地点として立ち寄っただけだったので、散歩などはあまりできませんでした。

フエを出てラオスへと向かいました。

ラオスではヴィエンチャン、ヴァンビエン、ルアンパバーンを訪れました。

ヴィエンチャンはナイトマーケットに行ったのですが、観光客で賑わっている場所は、物乞いが多かったです。

ビジネスで物乞いをしていることもあるようですが、実際目にするとショックでした。

まだ小さな子供が裸足で必死にお金などを求めてくる一方で、煌びやかな店舗があり、貧富の差が顕著にあらわれているように見えました。

多くの人が生きるために手を尽くしている姿が印象深かった場所です。

ナイトマーケットの風景

ナイトマーケット会場付近の道路

ヴァンビエンは西部劇に出てくるような街並みで、一本の道沿いに店舗が軒を連ねていました。

居住地の周りは険しい山々に囲まれ、新鮮な景色でした。

この街の宿で1人の大学生に会いました。

彼は休学し、世界一周をしているとのことでした。

ずっと世界一周してみたかったようですが、四年生だったということもあり、就職の心配や周りの大人に休学を反対されていたことから踏み出せなかったと話していました。

旅行という経験をしておくことが、必ずしもその後の生活に影響を与えるかは分からないが、大学生という立場を生かさない手はないと思い、1人旅をしているとのことでした。

その時の経験は役に立たないとしても、僕はそれでいいと思います。

役に立てば何よりですが、旅行をしている時は毎日が本当にワクワクするし、間違いなく今の自分の中の価値基準みたいなものに影響したと言えるからです。

この街は手付かずの自然が多く残っており、自然を感じたい!という人にはピッタリな気がします。

今こうして拙い文章を偉そうに書けるのも、旅行をしたと言う事実があるからです。

多分、行動したという事実は何かに繋がります。

ヴァンビエンでの宿からの風景

山奥ではこんな風景も見られました

次に向かったルアンパバーンは世界文化遺産に指定されているだけあって、街並みに風情があるように感じました。

メコン川とナムカンー川の合流点に位置しており、濁流の様子は日本ではみられなさそうな、力強さと不気味さがありました。

街全体としてのどかで住みやすそうな印象があり、夜になるとマーケットは明るく賑やかさが増し、活気づいていました。

寺院への道

標識

ルアンパバーンを出ると、タイのチェンマイで何泊かし、バンコクへと戻りました。

最終日には所持金が500円ほどしかなく、少し焦りました。

宿までの交通費に困っていたところ、通りすがりの方が車で送ってくれたためたどり着くことができました。

宿の方に電話までしてくださり、最後の最後まで人の優しさに触れる旅となりました。

宿近くの屋台の様子

東南アジア旅行を行って

僕は東南アジア旅行に行って一切の後悔はありません。

海外に行ったことにより気づけた日本の良さ、文化や料理、ルールの違いなど足を運んだからこそ実感できたことがあったと思います。

何より充実していて楽しかったです。

もちろん良い点ばかりではありません。

生活する上での不便さや衛生面での問題、ぼったくりやスリなど気をつけるべき点も多々ありました。

しかし、スリなどの被害にあったときはその後の話のネタになるし、日本は安全でいいなあ、と言う気持ちになることもでき、結果良いことしかありません。

死んだらダメですけど。

それに加えて長期的に同じ人と接する機会も少ないため、人間関係での摩擦も少なく精神衛生的にも良いと思います。

非日常の中に飛び込むことはエネルギーも使うし、勇気のいることでもあります。

しかし行ってみないと感じられないことも数多くあったと思っています。

物価の安い国を狙って、バイトと節約をすれば旅行費にはなるし、お金がなくても写真や、絵を売って日々生活している日本人の方もいました。

1人が不安なら友達と行けばいいと思います。

何もいきなり海外に行かなくても、国内のどこかに行けばいいと思います。

旅先では、いつもより人に話しかけやすいような気もします。

分からないことは勇気を出して誰かに聞いてみることで、思いもよらぬ交流が生まれるかもしれません。

不安要素を考えず動くことは無謀と言われるかもしれませんが、考えすぎて動けないのは本末転倒です。

勇気とかお金とか面倒臭さとか考える前に、チケットを買ってしまえば、行かざるを得ません。

行かないとお金も無駄になっちゃいますしね。

行動しないと困る理由を自分で作り出せば、自ずと身体は動くと思います。

人は不安な時、自分を取り巻く環境が世界の全てだと思いがちです。

本当はもっと広い世界が生活圏の外側に広がっていると言うのに。

僕自身もミスをした時や不安な時、人生が終わってしまった、って言うくらい落ち込みそうになります。

でも旅行をしたおかげで、家庭や学校、会社だけが世界の全てではないし、日本だけが世界の全てではないことに気づけました。

このことに気づけたことが旅行をした1番の収穫だったかもしれません。

何か落ち込むことや嫌なことがあっても、今を生きる環境が世界の全てではないとわかっていれば、余裕も生まれますし、とても生きやすいです。

今ある環境から抜け出すには行動するしかないと思います。

友達も社会そんな簡単に変わってくれません。

方法はなんでもいいと思います。

物理的に距離を取ったり、考え方を変えたり、なんでもいいです。

少し話が逸れてしまいましたが、人は弱いので目的を達成しないと自分が困る状況を作れば、海外旅行や留学に繋げていただくことができるのではないかと思います。

この文章を読んで少しでも行動するきっかけを作っていただけたら幸いです。

ここまで長い旅行記を読んで頂き、誠にありがとうございました。

僕自身文章を書きながら、海外旅行の楽しさを思い出せた気がします。

拙い文章でしたが最後まで本当にありがとうございました。

編集後記

ここからは石田光南が書いています。

実はこの文章を寄稿してくれたのは私の弟です。

彼は昔から口数少なく、兄弟(彼のさらに3つ下に妹がいます)の中でも唯一他の人との関係を重んじるバランスの取れた人間なのですが、彼が旅行に行ってこれほどの学びを得たということを知って感動しました。

あと文章がいいですよね。こんなに表現力が豊かで語彙力があるとは知りませんでした。

3年前の初夏、彼から「アジア周遊に行きたい」と連絡をもらった日のことを今でも覚えています。

あまり頼られることもないので、「行ってこい行ってこい」と旅費を送金し、彼がせっせと準備をしているのが嬉しかったです。

私の雑なまとめで申し訳ないのですが、旅をすると日常の生活では得られない視点に気づけて、その先の長い人生にもいい影響を与えるのですな。

またコロナが落ち着いたら行って欲しいものです。

ちなみに私は大学生の頃に15カ国くらい旅行して初めて気づいたのですが、旅行が好きじゃなかったみたいです(笑)