大学院生活

なぜ僕は研究者という職業を目指すのか

大学院に入ったあたりから、特に意識もせず「研究者という職業を選ぶ」と思っていましたが、最近は卒業後の進路のことを良く考えます。

ここでいう進路とは、住む場所や働き方、家族の生活を含めたあり方を指しています。

漠然と理想像を追い求めて「海外でPI」と言ってましたが、自分の気持ちをありのままに見つめると、それをゴールにして焦燥感に駆られ続けるのは違うなぁということに気づきました。

この記事では、それでもなお研究者という職業を選ぼうと思っている動機を言葉にして書き残し、将来道に迷った時の自分に初心を思い出してもらうことを目的としています。

もしご興味のある方は、「石田はそういう思いで研究してるんだ」と参考程度に読んでいただければと思います。

研究者という職業を選ぶ理由

僕が研究を続けたいと願う理由は「世界を少しでも良くしたいから」です。

そのための手段が、僕には「植物の細胞壁の研究」しか今の所ありません。

世界を良くするアプローチは無数にあり、その中から自分の興味・適正に合致するのが、たまたま植物の研究だったというだけです。

ここでは簡単な説明に留めますが、細胞壁研究はエネルギーや食料資源として非常に有益であり、その利用方法が改善されると資源不足で困る人が少なくなります。

緑の革命の例のように、植物科学の研究が世界のあり方を大きく変えた例は数多く存在します。

生きる意味なんて求める必要もなく、ただ生活を営んでいればいいのだと思いますが、僕はせっかく生きるのであればちょっとでも誰かの喜ぶ顔に繋がるといいなぁと思います。

 

2021年現在、世界は考え方の違いで戦争がいまだに起こり、満足な生活を送れない方も非常に多くいます。

その中でも資源の偏りというのは対立感情を生み出す要因の1つであり、この解消を目指すのは世界平和を目指す上で有効だと思います。

日本においても、もし資源に恵まれた国であればアジア諸国への侵略など行う必要がなく、太平洋戦争も起こらなかったかもしれません。

曽祖父は太平洋戦争で亡くなり、残された幼少期の祖父は貧しい環境の中、学校に行くこともできず、必死で働きました。

そんな祖父に「よう勉強して偉いなぁ」と毎日のように励ましてもらったこともあり、祖父の気持ちも背負っているような気がします。

未来の世界のどこかで、祖父のような辛い経験をする人が一人でも減るように、自分の与えてもらった教育を活かすことが僕の使命です。

 

書いてて思いましたが、そうであればアカデミアでもインダストリーでも、行政でも全然いいですね。

職位ばっかり気にして、大事な自分の気持ちに蓋をしていたことに気づきました。

家族の幸せが自分の幸せ

研究環境が良いのでイギリスに来ましたが、大変なことも多いですし、妻と娘の負担も大きいです。

今までは「自分は価値のあることをしている」と自分に言い聞かせてきて、家族の満足度をほとんど考えていませんでした。

僕は自分の人生をなるべく有意義に使いたいと思ってもいい一方で、家族を守り、一緒に幸せを追求していく立場でもあります。

なので、研究者としての最適な環境と、家族が楽しく暮らせるために最適な環境の2つの軸を持って、住む場所であったり、時間の使い方を考えなければいけませんでした。

使命を全うするためであれば一人で生きたいか?ということを考えた時、自分の中では明確に「No」という答えが出ました。

今は大学院生ということもあり、業績に対する焦りから「もっと研究しなきゃ」と余裕が無くなっていますが、仮に研究に全振りした生活(例えば9時-21時の研究生活)と、家族を大事にした生活(例えば9時-18時)で得られるアウトプットを比較した場合、研究計画が同じであれば、そこまで差はないのではないかと思いました。

その一方で、子供の成長を毎日感じられたり、奥さんととりとめのない話で笑ったりする時間の方が、よっぽど価値があるなぁと思っています。

いつも僕は優先順位を間違えてしまいますが、「家族の幸せが自分の幸せ」「家族を大事にすることは研究に全振りするより良いよ」と未来の自分に書き残しておきます。

業績や将来のポストに対する不安

「パーマネントのポジション」かつ「良い研究環境」に恵まれる確率はこのご時世かなり低いでしょう。

そうなると自然と「他の候補者から抜きん出た業績が必要になる!」と大きな焦りを感じてしまいます。

僕もM1からもうすぐD2になる今まで、ずっとそういう気持ちを持っています。

なので、試行錯誤の過程そのものを楽しめる人や、対象への興味が原動力になっている人を見ると羨ましいなぁとも思ってしまいます。

これではいかんなと思い、自分の中で価値観の軸を作りました。

それは「家族を第一にして、その上で残ったリソースで出来る限り研究をして、そこで得られたアウトプットが自分の実力」と割り切ることです。

候補者の中で一番になろうともがくことは際限のないレースに出続けることであり、自分の人生を豊かにする上では、そんなことは必要ありません。

自分の業績でポストが得られないのであれば、それはそれとして受け止めて、PI以外の道を模索すれば良いと素直に思えるようになりました。

もちろんある程度戦略的に進めることも大事で、決して諦めに似た感情を持っている訳ではありません。

余裕が無くなって家族のことを考えられなくなるくらいなら、ただ働いて生きるという人生の方がまだ良いとさえ思います。

その時はまた沖縄で楽しく過ごそうかな、なんて思っています。

沖縄でPIになれたら最高です。

最後に

もっと過程にコミットしなきゃと思えるようになったきっかけは「研究者の子育て」という本を読んだことが大きいです。

研究者とそのパートナーが、お互いの仕事と家庭を守るために、お互いに協力・妥協しあって、なんとか生活を成り立たせている様子がリアルで、「うちなんて家事・子育てのほとんどを奥さんにやってもらってて、自分は何しとるんやろ。」と思うようになりました。

自分の大事なものを見失わずに、子育てを通して自分が成長させてもらうということを心に止めて、また生活していきます。