研究・植物の話

2020年の植物科学分野の注目論文を振り返る

数日前にPlantae (ASPB: American Society of Plant Biologistsに後援される、植物生理学研究者の若手グループの運営する団体)が「Plant Science Research Weekly-Top 20 hits of 2020」という記事を発表していました。


Plantaeでは毎週金曜に、運営メンバーが論文紹介をしているのですが、その中で2020年に人気の高かった20記事(言いかえれば、注目を集めた20の論文)を元記事内で公開していました。

全体にはReviewが多いものの、半分以上は私のよく知らない研究だったので、どういうものかという勉強も兼ねて、論文をナナメ読みしてみることにしました。

自分で単にざっと読むだけではあまり実にならないかと思い、その内容をざっくりとブログにも和文で書き残すことにしました。(追記: 20論文中13論文を紹介した時点で力尽きました)

これを読めば学部生でも他分野の人でも、今年の植物科学のトレンドがなんとなくわかるかも。

ちなみに私のラボの話などは下記の記事にあるので合わせてどうぞ。

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Contents

No-Genome-Required-GWAS (ゲノム不要のGWAS)

元論文: Nature Genetics, https://www.nature.com/articles/s41588-020-0612-7

紹介記事: https://plantae.org/no-genome-required-gwas-nature-genetics/

生物の表現型と、その原因遺伝子の特定にはGWAS(Genome Wide Association Study)という手法が用いられてきました。

この方法ではゲノム情報が明らかな生物を対象として、その一塩基多型(遺伝子としては同じものだけど塩基がちょっとずつ違うもの。これをSNPという。)の頻度を検出することで、特定の表現型の原因遺伝子を見つけてきました。

GWASは優れた方法であるのですが、モデル生物にしか適用できないという限界や、構造多型(50塩基以上の違い)を検出することが難しいといったデメリットもありました。

そこで考え出されたのがゲノム情報に依存しないGWASです。

この手法ではk-merと呼ばれる短い塩基のフラグメントを単位として、それらを比較して原因遺伝子を見つけ出します。

詳細は分かりませんが、イメージとしては従来のGWASがリファレンスを元にゲノム情報を再構成して、その間でSNPを比較するのに対し、この論文の手法はk-mer同士の比較をして、候補となるものの近傍をアセンブルすることで遺伝子が分かるようです。

それによって非モデル生物や、構造多型の検出も可能になる上、SNPよりも感度が良いようです。

Review: A CRISPR way for accelerating improvement of food crops (食用作物の改良を促進するためのCRISPRの活用)

元論文: https://www.nature.com/articles/s43016-020-0051-8.epdf?shared_access_token=sj8COq_dMbWoS79z-4zfndRgN0jAjWel9jnR3ZoTv0OYRaK5vQa3jG2bmVDpcllzql4JBNkys6RJUMDY66aLwBOiT7IPs9_CHqrOOLH2EWoQ0Im0MvsvCAH_7ae8kVKXYQM8rOk3t56Beh3AL-_v5g%3D%3D

紹介記事: https://plantae.org/review-a-crispr-way-for-accelerating-improvement-of-food-crops-nature-food/

CRISPR-Cas9システムはノーベル化学賞にも輝いた技術なのでご存知の方も多いと思います。

これまで”変えられないもの”の代名詞にDNAが挙げられるほど、遺伝子というものは生まれ持ったままの存在であると考えられてきました。

しかし、遺伝子中の特定の領域を認識する機構と、その近傍を編集する機構が見つかり、遺伝子さえ書き換えることができるようになりました。

この論文ではCRISPRが農業生産にどのように活用されているか、さらにはこの先の応用技術、法整備の重要性などについて述べています。

過去の事例などは調べれば多く出てくるのですが、応用技術についての記述は珍しいなと感じました。

この論文では、

  • 有益な編集を複数同時に入れて、良い形質を積み重ねる
  • 新たな機能を持ったタンパク質を、CRISPRシステムを用いた突然変異により作り出す
  • 野生の作物を編集して、人の活用できる植物のバリエーションや特性を増やす

と言ったことが挙げられていました。

私は蛋白質の進化に関心があるので2つ目の突然変異による蛋白質改変のアイディアにはとても心惹かれました。

Review: Application of CRISPR-Cas in agriculture and plant biotechnology (農業と植物バイオテクノロジーにおけるCSIRSPR-Casの応用利用)

元論文: Nature Rev. Mol. Cell. Biol. https://www.nature.com/articles/s41580-020-00288-9

紹介記事: https://plantae.org/review-applications-of-crispr-cas-in-agriculture-and-plant-biotechnology-nature-rev-mol-cell-biol/

こちらもCRSPRに関してのレビューです。

農作物に対して、実際にどのような遺伝子編集が行われているのかについての実例が多く載っています。

例えばサイトカイニン活性化酵素であるLOGL5をノックアウトして、イネの収量を増大させた、グルテン合成酵素をノックアウトして、グルテンフリーのムギを作ったといったものです。

CRISPRに関するレポートが出た時に使えそうなレビューだなと思いました。

Review: Sequencing and analyzing the transcriptomes of a thousand plant species (1000種のシーケンスとトランスクリプトーム解析)

元論文: Annu. Rev. Plant Biol. https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-arplant-042916-041040

紹介記事: https://plantae.org/review-sequencing-and-analyzing-the-transcriptomes-of-a-thousand-plant-species-annu-rev-plant-biol/

次世代シーケンサーの普及により、生物のゲノム情報がどんどんと決められています。

これまでは農業上有益な植物が優先的にゲノム解読の対象となってきましたが、One Yhousand Plant Initiative (1KP)というコンソーシアムで「有益かどうかに関係なく、いろんな植物のゲノムを決めよう」ということになり、1000種類の生物のゲノムが決められつつあります。

本レビューではこれらのデータが指し示すことをどう解釈していけるかについて、大まかな方針を示しています。

まず、1000種のゲノム情報は遺伝子工学のオリジナルリソースとして使うことに意味があると紹介されています。

要はゲノム情報を使って、それらの生物の遺伝的特性を変えたり、面白いタンパク質を見つけたりできるよということです。

さらに、進化の歴史を紐解く鍵として、遺伝子の比較が重要であると述べられています。

例えば、植物はなんども全ゲノム重複を経験してきたと言われていますが、それが被子植物では少なくとも5回あったことなどが分かるようです。

豊富なゲノム情報が手に入るようになるとより独創的な研究がしやすくなるので、研究者にとっても、一般の方にとっても大変楽しみな未来が来そうですね。

Review: The soil-borne identity and microbiome-assisted agriculture: Looking back to the future (土を介した特異な関係と、微生物叢に基づいた農業: 未来を振り返る)

元論文: Molecular Plant. https://www.cell.com/molecular-plant/fulltext/S1674-2052(20)30312-9?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS1674205220303129%3Fshowall%3Dtrue

紹介記事: https://plantae.org/review-the-soil-borne-identity-and-microbiome-assisted-agriculture-looking-back-to-the-future-molecular-plant/

私の大学のネットワークからだと元論文が読めなかったので、紹介記事とアブストからの紹介になってしまいますが、このレビューでは植物-微生物間相互作用にまつわる新たなコンセプトの紹介と、技術的な進歩に焦点を当てて解説しているそうです。

ツイッターには植物-微生物の仕事をされているかたが多いので、ちょっと勉強して話についていけるようになりたいな〜と思いつつ、なかなかやれていません。

Review: An extended root phenotype: the rhizosphere, its formation and impact on plant fitness (延長された根の表現型: 根圏、その形成と植物の適応度への影響)

元論文: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/tpj.14781

紹介記事: https://plantae.org/review-an-extended-root-phenotype-the-rhizosphere-its-formation-and-impacts-on-plant-fitness-plant-j/

記事タイトルの意味するところは「根圏さえも植物の表現型で、どのような根圏を形成するかで適応度も変わる」という大胆な概念です。

このレビューでは植物-微生物の2者の相互作用だけでなく、それに「土壌」も加えた3者の関係を理解することが重要であると述べています。

そこで植物が土壌にどのような影響を与えるかや、植物や微生物が根圏の物理化学的な性質に与える影響についてまとめています。

Review: Evolution of plant hormone response pathways (植物ホルモン応答経路の進化)

元論文: https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-arplant-050718-100309

紹介記事: https://plantae.org/review-evolution-of-plant-hormone-response-pathways-annu-rev-plant-biol/

この論文ではシャジクモから被子植物までの進化段階が異なる植物に、ホルモン伝達経路がどのように保存されているのかを比較しています。

様々な植物のゲノムが読まれるようになったことで、各経路の構成遺伝子の有無や重複のど度合いが比較できるようになり、その経路がいつ始まったのかについての議論が盛んになっています。

中でもSkp1/Cullin/F-box-type ユビキチンリガーゼに関わる伝達経路(オーキシン、ジャスモン酸、ジベレリン、ストリゴラクトン)についてよく纏まっています。

陸上化以前からほとんどの構成要素を持っていたというのが面白いと感じました。厳密には共通祖先から派生した、現代にいる原始的な形質を備えた生物にはホルモン経路の最小単位があるということですね。

Rhizosphere microbiome mediates systemic root metabolite exudation (根圏微生物叢は根全体からの代謝産物の放出を媒介する)

元論文: https://www.pnas.org/content/117/7/3874

紹介記事: https://plantae.org/rhizosphere-microbiome-mediates-systemic-root-metabolite-exudation-pnas/

教科書的には植物と根の微生物の代謝産物のやり取りは古くから記述されていました。

その知見をさらに押し拡げる研究として、根から出る有機物と微生物にはsystemicな関係(根全体に及ぶ)とlocallyな関係(根のうちで局所的なもの)があることが示されました。

例えば、バシラス属の微生物は種々のアクリル糖の分泌を誘発することが分かり、その組成は微生物の組成に影響を受けるそうです。

さらに、局所的な影響を調べるために植物の根をアガーでコーティングし、そのアガーをMALDI-MSIという質量分析法で調べて含まれるものを見ると、root hairに特異的なものや、root tipsに特異的なものなどがあったようです。

先ほどの根の延長された表現型もそうですが、微生物との相互作用で植物体内での物質生産にかなりの調節がかかるというのが面白いですね。

How plants keep their microbiota healthy (植物はどのようにして微生物叢を健康にするのか)

元論文: https://www.nature.com/articles/s41586-020-2185-0

紹介記事: https://plantae.org/how-plants-keep-their-microbiota-healthy-nature/

今回の植物免疫の論文はphyllosphere(葉圏)の微生物叢に関してです。

植物免疫の2つの経路を遺伝子のノックアウトや、タンパク質の変異により止めてしまうと、葉圏の微生物叢が変わるという話でした。

この論文ではmin7fls2efrcerk1という変異体を作出し、バクテリアコミュニティを調べたところ、

  • バクテリアのポピュレーションサイズが増大
  • コミュニティの多様性の低下
  • ファーミキューティスの割合が高いコミュニティから、プロテオバクテリアの多いコミュニティへの変化

が見られました。

上記のMIN7と似た機能をもつCAD1という遺伝子が欠損した場合にも同様の状態になり、これら2つの経路が重複なく、必須の機能を持っていることが明らかとなりました。

Review: How mycorrhizal associations drive plant population and community biology (どのようにして菌根の相互作用が、植物の群集とコミュニティバイオロジーを駆動するのか)

元論文: https://science.sciencemag.org/content/367/6480/eaba1223/tab-pdf

紹介記事: https://plantae.org/review-how-mycorrhizal-associations-drive-plant-population-and-community-biology-science/

こちらのレビューでは4つの独立に派生した菌根(アーバスキュラー菌根・外生菌根・エリコイド菌根・ラン型菌根)が植物-植物間での関わりや、生態系でどのような役割を担うかについて解説しています。

それぞれの菌で栄養摂取を助けることを得意としていたり、病原菌から身を守る働きを持っていたりと特徴があるようで、それが植物間相互作用にも影響を与えているとのことです。

An inducible genome editing system for plants (植物のための導入可能なゲノム編集)

元論文: https://www.nature.com/articles/s41477-020-0695-2

紹介記事: https://plantae.org/an-inducible-genome-editing-system-for-plants-nature-plants/

遺伝子の機能を知るために「遺伝子のノックアウト」が必要になりますが、一部の遺伝子ではノックアウトが致死に繋がるので、機能解析が進まないという問題があります。

そこでこの論文ではある条件下でのみ遺伝子をノックアウトできる「inducibke genome editing (IGE)」を簡便に行う方法を確立しました。

この手法ではXVE(エストラジオールによって活性化されるタンパク質)と、LexA binding sites(下流の遺伝子を活性化する部位)のキメラタンパク質を発現させ、その下流にCas9を配置することで、エストラジオールの添加によってゲノム編集が起こるようになっています。

ゲートウェイベクターを使って比較的簡単にできそうな技術だったので期待が持てます。

Unlocking interspecies grafting (種が異なる植物での接木を解明する)

元論文: https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.03.26.010744v1

紹介記事: https://plantae.org/unlocking-interspecies-grafting-biorxiv/

これまで接木は植物の自己・非自己の認識が精巧なため、極めて近い種でしか成功しないと考えられていました。

しかし、この論文ではタバコは多くの植物と接木できる能力があるということを明らかにしました。

実はこの研究は細胞壁つながりで2年ほど前から知っていたもので、当時もRNAseqのデータ量に大変驚いた記憶があります。

また、接木が起こる際にキーとなる遺伝子がGH9B3という細胞壁分解酵素だったということも衝撃的でした。

タバコを介して異種間での接木ができるようになると、病気に強い根と、美味しい果実のなる地上部を組み合わせることなどが実現でき、農業生産上とても役に立つと言えるでしょう。

筆者の野田口博士はバイオベンチャーを起業し、社会実装まで目指しています。

AuxSen: a biosensor for direct visualization of auxin (AuxSen: オーキシン可視化のためのバイオセンサー)

元論文: https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.01.19.911735v2

紹介記事: https://plantae.org/auxsen-a-biosensor-for-direct-visualization-of-auxin-biorxiv/

オーキシンの正確な分布を検出するために、オーキシンバイオセンサーの開発が行われました。

この論文ではオーキシンの1種であるIAAとよく似たアミノ酸であるトリプトファンに着目し、バクテリア由来のトリプトファンリプレッサー(要は結合タンパク)を改良し、なるべきオーキシン得意的な変異体を探しました。

トリプトファンリプレッサーにFRETを組み合わせて、結合すると光るようなタンパク質がデザインされています。