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【書籍要約】植物たちの戦争 病原菌との5億年のサバイバルレース

「植物」と聞くと「動くこともなくひっそりと生活している」というイメージをお持ちの方も多いと思います。

しかし、植物は外環境の変化に対応するために様々な手段を備えているのです。

なぜならば植物と微生物の相互作用は今に始まったことではないからです。

化石の記録によると、約4億年前には細菌が植物に病原性を示していたことが分かっています。

長い生物史の中で、植物は微生物から身を守る仕組みを、微生物は植物を利用する仕組みをそれぞれ進化させてきました。

これらの仕組みや進化の歴史をわかりやすく解説したのが、本書「植物たちの戦争 病原菌との5億年のサバイバルレース」です。

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本記事では書籍に紹介されている不思議なメカニズムの中から、面白いと思ったポイントをいくつかピックアップしてご紹介します。

微生物の感染戦略

メラニンが細胞壁の貫通に重要だった

植物は他の生き物が生体内に侵入すことを防ぐために、強靭な防御壁を備えています。これが植物細胞壁です。

ある種の病原菌は歯の上で付着器と呼ばれるドーム型の構造を作った後、付着器の一部を伸張させて「貫穿糸」という突起を形成することで細胞壁を破壊します。

この貫穿糸形成のメカニズムに重要な因子が、黒色の色素であるメラニンだったのです。

その機構を紐解くきっかけとなったのが、ウリ類炭素病菌の変異体単離です。

ウリ類炭素病菌は農業上重要な植物の葉や果実を枯らせてしまうことで、大きな被害をもたらしており、その発生を食い止めるためには病原性を示す仕組みの理解が不可欠でした。

1979年、京都大学の学生であった久保康之さんは、この病原菌の突然変異体の選抜をしていました。

すると驚くことに、親株は黒褐色のコロニーを形成するのに対して、病原性のないオレンジのコロニーが選抜されました。

この株ではメラニン合成に関与する遺伝子が破壊されており、メラニンの前駆体を与えると病原性を示すようになりました。

後から分かったことですが、病原菌の付着器の中には胞子に蓄えられていた脂肪やグリコーゲンが代謝されて、粘性の高いグリセロール分子として蓄積されていました。

そこに水分子が流入することで自動車タイヤの40倍もの膨圧を発生させ、その勢いで貫穿糸を伸張させることができるのです。

メラニンは付着器の外側に蓄積して、グリセロールの流出を抑える役割をしていました。

(本書より引用)

ちなみにこの発見をした久保さんは、当時学部生だったというから驚きです。

さらに驚くべきことに、現在では日本植物病理学会の会長を務められているようです(あとがきまで読むと気づきます…)。

病原菌は「足元の段差」や「脂質」を手がかりに、自分のいる場所を知る

病原菌に中には自身で侵入口を開けるのではなく、植物のもつ穴を利用して侵入する者もいます。

この穴というのは、植物が空気を取り込むために開け閉めする「気孔」と言われる部分です。

さび病菌は葉の凹凸を感知することができ、気孔の両側にある孔辺細胞に相当する高さの段差を見つけると、そこに付着器を形成します。

段差を模したポリスチレン板を用いた実験で、ちょうどいい高さの段差であれば付着器を形成し、もっと高いor低い段差では形成しないことが突き止められました。

植物病原菌の感染は相手を選ぶ(宿主特異的な)機構が多いにも関わらず、段差の高さという極めてシンプルな物理的な刺激を使った仕組みがあることが面白いですね。

(本書より引用)

反対に、植物は病原菌が葉の上にいるとそれに気づいて気孔を閉めてしまいます。

こうなっても病原菌は対抗手段を持っています。

なんと気孔を開けるためのダミーの鍵を作り出してしまうのです。

トマト斑葉細菌病菌(Pseudomonas syringae pv. tomato) はコロナチンと呼ばれる毒素を分泌します。

植物は植物ホルモンであるジャスモン酸メチルを気孔開閉のコントロールに使っているのですが、トマト斑葉細菌病菌の作るコロナチンという物質はジャスモン酸メチルによく似た構造をしています。

つまり、植物のもつ気孔開閉機構を撹乱し、偽物の鍵で気孔を開かせてしまうことができるのです。

他にも病原菌が「自分はいま植物の葉っぱの上にいる!」と気づく手段はあります。

他の代表的なものは、植物のクチクラの構成成分であるクチンをエステラーゼという酵素によって分解し、その断片を検知する方法です。

炭疽病菌では分解産物の1つである2-オクタデカナールが分化誘導のシグナルであることが分かっています。

植物の応答戦略

細胞壁は植物の免疫応答の場

植物の細胞壁は化学的な防御応答の場としても機能します。

まず、細胞壁中には病原菌の攻撃を受ける前から抗菌性の低分子化合物を放っておきます。

これをファイトアンティシピンと呼びます。

ファイトアンティシピンのおかげで、弱い感染であればすぐに抑え込むことが可能です。

 

強い病原菌に対してはどうするのでしょうか?

ある病原菌はポリガラクツロナーゼと呼ばれる酵素を分泌します。

この酵素は植物の細胞壁の構成成分であるペクチンを分解する働きを持っています。

植物からしてみれば、分解されてはたまったもんではないので、細胞壁中にポリガラクツロナーゼ阻害タンパク質を配備しておくことで、相手の攻撃を防いでしまいます。

 

それでも分解されてしまった場合には、「部分的に分解されたオリゴ糖」を非常事態のサインとして活用します。

植物の細胞膜には「オリゴ糖があることに気づく受容体(センサー)」があり、それが活性化されることで病原菌を撃退する用意を開始します。

オリゴ糖のように防御応答を引き起こす物質の総称をエリシターと呼びます。

植物はエリシターを感知すると防御応答に必要な武器を作り始めます。

この武器は病原菌関連タンパク質(PRタンパク質: Pathogen-related protein)と呼ばれ、構造や機能の違いから17のファミリーに分類されます。

ざっくり分けると細胞壁で働く酸性PRタンパク質と、液胞に局在する塩基性PRタンパク質があります。

細胞壁で働く方は外から侵入してくる病原菌への抵抗に、液胞で働く方は食害を行う昆虫へ働きかけるために用いられます。

細胞壁はこれまで植物の体を支える構造組織と認識されていましたが、病原菌との関わりなどから、もっと動的で複雑なものであると明らかになってきたのが非常に興味深いです。

実際はどんな風に多糖やタンパク質が詰まっているのでしょうね。

敵の敵は味方?

植物の中には敵を追い払うために、敵の敵を利用するものがいます。

その代表例がリママメと呼ばれる豆です。

ナミハダニというダニはしばしばリママメを食害します。

すると植物はナミハダニの天敵であるチリカブリダニを誘引する揮発性化合物を生産するようになります。

植物の放ついい匂いに惹きつけられたチリカブリダニは、ナミハダニを見つけると「あ、食べれるやついるじゃん」とナミハダニを食べてしまいます。

被食・捕食関係を巧みに利用した戦略には驚かされるばかりです。

これからの科学で切り開かれていくこと

本書に関連して筆者が興味を持っているのは、細胞壁中でのありのままのタンパク質の振る舞いです。

植物の細胞壁研究はフックがお手製の顕微鏡でコルクを観察したところから始まり、多糖に注目した研究がその主流を占めていました。

しかし、本記事で紹介したように、本来の細胞壁の機能は「外環境への適応の場」であるため、その機能を果たすのに必要なタンパク質をよく理解することが重要です。

現在でさえ細胞壁中にはどのくらいのタンパク質が、どのくらいの分量でいるのか、さらにそれらがどう協動するのかはほとんど分かっていません。

質量分析や1分子観察の技術が進歩するにつれて、細胞壁中でのタンパク質のことがもっと良く分かってくるでしょう。

私個人としてもそういった領域を切り開いていきたいと思っています。

まとめ

「病原菌が植物を脅かす仕組み」や「植物が抵抗する仕組み」はまだまだ沢山あり、それらの多くが完全には理解されていません。

本記事では「貫通糸形成の方法」「葉の上にいることを感知する方法」「細胞壁での植物の抵抗戦略」などをご紹介しました。

植物と病原菌の目から世界を見てみるのも非常に面白いですね。

興味を持った方はぜひ本書を手に取ってみてください。

「植物たちの戦争 病原菌との5億年のサバイバルレース」

本サイトでは他にも植物科学に関連する記事を書いているので、合わせてお楽しみください。

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