友人からナショナル・ジオグラフィックに掲載された記事が送られてきました。
記事のタイトルは「コスタリカ昆虫中心生活|第20回 挑戦の夜明け」
コスタリカで昆虫を研究する方が見つけた面白い生き物について寄稿している記事です。
友人は記事の中に出てくる、”昆虫が作った花”に興味を持っていました。
(出典: 「コスタリカ昆虫中心生活|第20回 挑戦の夜明け」)
写真の解説文にもありますが、これは虫が植物に寄生して作らせた花なのです。これを花コブと呼びます。
全く同じ植物の花の写真が手に入らなかったので、参考までに同じブラケア属の花の写真を探してきました。
本来この植物は白い花をつけます。
上の写真とは色も形も全く違っていますね。

(出典: Flicker)
せっかくなので、この現象の背景にある生物学的な仕組みについて、一般の方にも分かるように解説をしたいと思い、記事を書くことを決めました。
筆者は植物生理学の研究を行う大学院生であり、植物の不思議を少しでも分かりやすく(正確に)お伝えできればと思っています。もし誤りがあればご指摘ください。
紹介する論文について
昆虫が植物に花コブを作らせる仕組みについて検証した論文として、「A galling insect activates plant reproductive programs during gall development (コブを作らせる昆虫は、花コブ形成時に植物の生殖プログラムを活性化する)」が挙げられます。
この論文は2019年にアメリカのミズーリ大学の研究グループによって発表されました。
左が花に似たコブ、右が果実に似たコブです。

昆虫が無理やり作らせたものとは思えないほど綺麗ですね。
なぜ昆虫は植物に花を作らせるのか?
最初の疑問として、なぜ昆虫は植物にわざわざ花を作らせるように仕向けるのでしょうか?
鑑賞のためでしょうか?
いいえ、実は昆虫は花が欲しいのではなく、花を作る時に一緒にできる胚珠や果実が狙いなのです。
胚珠は硬い物質に覆われているので、昆虫はその中で安全に幼虫を育てることができます。
また、果実は炭水化物や蛋白質からできているので、幼虫にとってのご飯が用意されているのです。
胚珠や果実の周囲には防御に使える化学物質まで張り巡らされているので、昆虫は植物に花を作らせることで、植物が自分の子孫を残すための装置をまるっと拝借できるのです。
筆者らの仮説
植物は「成長の時期」と「花を作る時期」の2つの時期を持っています。
植物は日長や温度を感知して、自分が子孫を残すにふさわしいタイミングになると、成長の時期から花を作り時期へと体の作りを変化させます。
筆者らはこの仕組みに着目して、「花コブ作りでは無理やりこのスイッチを切り替えているのではないか?」と仮説を立てました。
検証方法
次にこの仮説を検証するための方法を考えます。
筆者らは実験室内で花コブを観察するために、植物の代表としてブドウを、悪い虫の代表としてフィロキセラ(ブドウにひっつくアブラムシ)を用意しました。

(出典: Wein-Plus)

(出典: Woodcut engraving from the book “Gartenbau-Lexikon (Encyclopedia of Horticulture)” )
これらの生き物を使って実験室内で花コブを作ることが最初のステップです。
次に、成長の時期から花成の時期に移ったかどうかを見極める方法を考えます。
ブドウには約3万の遺伝子があり、生体内での変化は全てこれらの遺伝子により制御されています。
働いている遺伝子(=発現が上昇している遺伝子)とスイッチを下げている遺伝(=発現が低下している遺伝子)の組み合わせを変えることで、全く同一の設計図を持った細胞を葉に変えたり、根に変えたりしているのです。
つまり、成長の時期と花成の時期では遺伝子発現の仕方が違っており、フィロキセラに寄生されたブドウが花成型の遺伝子応答をしていれば、花成の時期へのスイッチが入ったと言うことができます。
発現の程度を網羅的に調べる方法をRNAシーケンス(RNA-seq)と呼びます。
生物は遺伝子の本体であるDNAから、それをRNAという物質に書き換え、RNAを元に蛋白質を作って体の中での機能を果たします。
DNAが設計図、RNAが発注書、蛋白質が製品といったイメージでしょうか。
つまり、発現のレベルと言うのは作られるRNAの量とほぼ同じ意味になります。
植物をすりつぶして、特殊な機械で解析することでRNAの量を測定することができます。
RNAは3万の遺伝子それぞれの発注量を記録しているので、植物をすりつぶした時点で
「Aという製品をいつもの3倍作る」
「Bという製品は少なめでいい」
というような指示が出ていたことが分かるようになっています。
実際の実験では筆者らはフィロキセラに感染しているブドウを、4つの段階にわけ、それぞれについてRNAの量を計測しました。

結果
簡単にいえば、筆者らの予想通り、花コブ形成時の植物は花成の時と同じような遺伝子発現の仕方をしていました。
より細かく見ていくと、上図の4つの段階(Gall stage1からGall stage4)が進行するにつれて発現の仕方が異なる遺伝子が増え、stage4では8318の遺伝子が上昇または抑制されていました。
花という組織の形成を司る遺伝子はClassA, B, Cの3つに分けられており、これらの遺伝子のON, OFFの切り替えでがく、花弁、雄しべ、雌しべが作られることが分かっています。これを花のABCモデルといいます。教科書等に詳細が載っているので、ここでは詳しいことは割愛します。

花コブに感染した部位ではClassA, B, Cのうち、Cの発現のみが上昇するような遺伝子制御がなされていたため、「その部位を雌しべにしてください」という指令が植物の意に反して出されるようになっていました。
つまり、今回調べたブドウ・フィロキセラの組み合わせでは雌しべを誘導するような遺伝子調節が起こっていたことが分かりました。
まとめ
生物は常に相互に影響を与え合っています。
植物と昆虫の代表的な相互作用には花粉の伝達がありますね。
花粉の伝達では両方が利益を得ていますが、一方のみが利益を得る例として花コブが挙げられます。
花コブ形成では昆虫が植物のシステムを乗っとって勝手に花を作り、それを自分の都合のいいように使ってしまいます。
その背景には植物の遺伝子システムを混乱させ、本来できるはずではなかった組織を作らせるという仕組みがあることが分かりました。
しかし、昆虫からどんなシグナルが出て植物が混乱してしまうのかはまだ分かっていません。原因となる化合物が見つかるとさらに面白いですね。