大学院生活

長期間に渡ってアクティビティの高いラボを運営するには

2020年も残すところあと数日となりました。

皆さんにとってどんな年になりましたか?

私にとっては激動の一年でした。

年越しは図らずも浅草で始まり、東京でラーメン屋を巡り、その後仙台のゲストハウスで友人と楽しい時間を過ごし、娘の誕生、留学の延期、沖縄での生活、そして渡英と本当にたくさんの思い出ができました。

さて、今日はせっかくの年末なので、ブログらしい記事にしようと思いました。

テーマは「私の研究室が長期間に渡って高い生産性を上げる理由について」です。

研究に携わっている方には多少面白い話かもしれません。

私の研究室

ツイッターで研究室を公表しているのでこちらでも紹介しておくと、

University of Cambridge, Department of Biochemistryという学科にある、

Prof. Paul Dupreeという方がPIの研究グループです。

指導教員(ここではポール先生)はもうかれこれ10年近くHighly Cited Researchers (その年に研究者の中でトップ1%の被引用数になった人が選ばるもの)として表彰を受けています。

さらには細胞壁の世界で最も名誉あるB.A. Stone awardを昨年2019年に受賞しました。

いわば長きに渡って高い功績をあげている超大御所ラボに入ると思います。

高い生産性の秘密

ではなぜそれほどまでに優れた研究ができるのでしょうか?

私は在籍期間はまだほんの数ヶ月なので何も偉そうなことは言えないのですが、その中でも公表するに差し障りのない一般則についてご紹介します。

①ポール先生が設定する課題が適切

まずは何と言ってもテーマ設定のうまさでしょう。

研究の意義が大きく、かつ実証可能なテーマを示してもらえるので、メンバーは自信を持ってその研究を進めることができます。

もちろんある程度は話しながら決めることは可能ですが、私の場合は”イニシャルスコープ”として相互に関連する12のプロジェクトとその背景・明らかにする意義がびっしりと書かれた文書をもらい、その中で自分のやりたいものを進めています。

おそらく近いことを成川先生もされているからこそ、コンスタントに良い論文が出せるのだと思います。

ちなみに私は修士課程で行った2つの研究のどちらも自分でテーマ設定したのですが、進める途中で「これって本当に意義があるのかな」「先行研究をもっと調べるべきだった」と悩むことがあったので、少なくとも学生のうちは自分でテーマを立てない方が無難だと感じています。

それに引き換え、今では出すデータの1つ1つが新たな知見を与えてくれるので、似たような実験をしていても感動が全く違います。

ただ、渡英前にポール先生をよく知る日本の先生から言われた言葉も胸に刻まれています。

それは「ポールが賢すぎるからみんなそれで良い論文を出せるけど、ラボを出た後にさらに伸びた例はとても少ない。だからラボのシステムに甘えず、自分で独立して研究できるように考えるんだよ。」というものです。

実際に研究をしてみるとその通りで、果たして自分が一人になった時に、同じように筋の良い問題設定ができるだろうかと疑問です。

それができるようになるためにも、ポール先生やラボのメンバーと対話を繰り返し、思考のポイントなども盗みたいと思っています。

②論文化前の研究を元にした研究計画を立てる

今年パブリッシュされた論文は、すでに周回遅れの論文かもしれません。

なぜならばその論文のデータは投稿前にラボ内でじっくりと再検証され、投稿後も査読のプロセスでしばらく時間があくからです。

私の研究室でも超絶面白い論文原稿がいくつもあるのですが、それらは1年近くかけてじっくりと吟味されています。

しかもその論文を元にしたプロジェクトも既に走っているので、場合によっては2報さきまで準備ができていることもあります。

科学研究に競争の側面があることは事実ですが、過度に競争を意識すると不十分なデータで論文を出すことや、ひどい時には撤回に至る可能性も否定できません。

そうならないためにも、私達のグループでは研究の着想すらも世に出ていないテーマを学生に与えるので、腰をすえてじっくりと研究できることが、かえって大きな仕事に繋がっているのだと思います。

ちなみに予算申請などに使う研究も、プロポーザルを書く段階で1/3くらいまで進んでいて、予備データたっぷりで出しているので採択率も高いです。

③feasibilityの異なる複数のプロジェクトを持つ

いくら筋の良いテーマがあっても、研究には予想外の沼が潜んでいます。

「タンパク質が発現しない」

「作るべき系統が複雑で準備に1年近く時間がかかる」

なんてことは多くの人が経験しています。

そんな時にも焦らないための方法が、確実性の異なるプロジェクトをいくつか並行して進めることです。

正確には、

あるプロジェクトは手を動かせばデータが溜まっていくので、インパクトは小さいけど進められる、

別のプロジェクトは実験の難易度が高いので、インパクトは大きいけど上手くいくか分らない、

このようなものをいくつか持っているため、時期に合わせてどれをぐいっと進めるかを皆考えながら研究できています。

2つ目3つ目の論文の準備もかなり早い段階からできるので、私のラボの卒業生はハイインパクトジャーナルに2~4報くらいの論文を出して卒業しているようです。

ちなみに私は5つのプロジェクトを進めていて、そのうちの1つはめちゃくちゃ斬新で、個人的にはNature級だと思っています(全然進んでいませんw)。

もちろんそのあたりのレベル設定も学生の性格や能力なんかを見ながらパスを出しているように感じます。

④業界の情報が豊富

これはポール先生の人徳があってのことなのですが、いろんな人がいろんな情報を運んできてくれます。

そのおかげで共同研究がしやすかったり、サンプルを提供してもらえたり、ポスドクの方々が次の仕事先を見つけやすくなっています。

ちなみにラボのコミュニケーションツールであるMicrosoft Teamsのチャネルには”公募”というのがあり、大学院生はfellowshipを、ポスドクはjob applicationをチェックして、応募できるものには応募しています。

もちろん研究計画書なども全員でチェックします(ポール先生が出すものについても全員でコメントします)。

おかげで研究費集めも分業できており、お金の事情もかなり恵まれています。

⑤ほとんどの実験手法がマニュアル化されている

実験手法のところでつまずかないように、基本的なプロトコルはきちんとマニュアル化されています。

そのため卒研生や入りたての大学院生が、新しい論文の共著に加わることも多々あり、経験のためにもそのようないいパスを出してもらえます。

好き嫌いはあるかもしれませんが、多くの場合、ファーストの方にとっては実験の一部をやってもらえることで別の部分に注力できてWin Winになっています。

手法的に新しい実験にチャレンジすることはそうそうなく(それだけマニュアルが充実していることの裏返しですが)、そのような実験をやる時にポール先生は微妙な顔をすることもあります。

おそらくは先生の中にも判断基準があって、その実験を他にもっと上手くできる方がいる場合には、その方をコラボレーターとして迎え、共同で進めていきます。

「車輪の再発明はしない」

私達のラボのモットー(?)がいくつかあるのですが、上の言葉にはそのスタンスが現れているような気がします。

餅は餅屋ということですね。

⑥ポスドクが博士課程の学生を1:1でメンタリングする

前提として、私達のラボでは3つのグループに仕事の方向性が分けられています。

その中にはキャリアステージが違うメンバーがごちゃ混ぜになっているので、分らないことがあればグループ内の誰かにすぐに相談できる体制が取られています。

しかも国籍や相性をある程度考慮している(ように見える)人選なので、いずれのグループの生産性も最大化されるようになっています。

ちなみに私のグループはイギリス人博士学生1人、中国人ポスドク1人、日本人ポスドク1人に加え、私という構成です。

このグループの中で博士学生はメンターを与えられます。

私の場合は日本人のポスドクの方に涙が出そうなくらい贅沢な指導をしてもらっているので、サクッサクッと実験が進んでいきます。

毎日10回以上は質問しているのですが、これら全てを自分だけで乗り越えようと思うと、今の何倍もの時間がかかっていただろうと思います。

考えるべきところは自分で考えつつも、すぐに相談できる人がいることは本当にありがたいです。

⑦こまめなコミュニケーションをとる

ポール先生とは2日1度くらいはテキストベースで話をしています。

実験の進捗だけでなく、生活のこと、たわいもない雑談などもします。

いい意味でフラットな方なので、こちらもカッコつけずにありのままの情報を伝えることができます。

月に1回はラボミーティングの時間が”Lab Social”という雑談会になり、ちょうど昨日もチキンの焼き方についてみんなで話をしました。

この項目で伝えたいのは、信頼できる関係を作るのは何よりも大事だということです。

ネガティブな話になってしまい申し訳ないのですが、私の過去の指導教官の中には、セミナーの時しか研究の話ができず、そこで学生をボコボコにする方もいました。

確かに、データを批判的な視点で見るというのは大切なことなのですが、「もっと早くデータを見せておけばその先の数ヶ月の実験が無駄にならなかったのに…」と思ったことは(自分以外の人を見ていても)多々あります。

ひどい時には「君の研究はいつになったら中学生の自由研究を卒業するんだ?」などという人格否定もありました(のちにその先輩は自主退学という名の追放に追い込まれています)。

大学院はただでさえストレスがかかる環境なので、それを乗り切るためには指導教員と一枚岩になって進むことが大切だと思います。

だからこそ研究室は「研究対象」で選ばず、「先生や環境との相性」で選ぶべきなのです。

私は幸運にもそれらの両方が揃う環境を見つけることができたので、とても充実した日々が送れています。

⑧極めて民主的なラボ運営をする

そこまで上手くシステムを回しているのであれば、リーダーシップの強いPIなのだろうと思う方もいるかもしれません。

しかし、ポール先生はそうではありません。

かなーり控え目なタイプで、対話を重んじます。

ラボのルールもメンバーが納得したものしか取り入れません。

直近で問題になったのは、コロナの感染拡大を抑えるためのラボの収容人数のルールについてでした。

私達の研究室ではかなり慎重な対策を継続しており、いまだに実験ベンチが1/4しか埋まらないようにローテーションが組まれています。

リスク管理としては良いのですが、その分研究の進みが遅くなるので、大学院生にとっては大打撃です。

ついに先月変更を求める会議が行われ、

・実験時間を確保したい大学院生

・リスクを徹底的に回避したい子供のいるポスドク

の間で白熱した議論が繰り広げられました。

私は論文を読んだりする時間も必要だったので、現行のシフトに満足しており、ほとんど議論には加わりませんでした。

このディベートは非常に建設的な内容で、「勉強になるな〜」と思いながら呑気に聞いていました。

なんとこの時、ポール先生はほとんど自分の主張はせず、ファシリテーター兼書記として議論をまとめており、何よりもラボメンバーの納得感を優先する姿勢に大きな驚きを受けました。

⑨人選にこの上ない労力を割いている

それだけメンバーのことを大切にするポール先生は、明らかに人選にこだわりを持っています。

そう感じるのも、ラボにいる人たちが人間的にも研究能力も素晴らしく、本当に気持ちよく仕事をさせてもらっているからです。

実際に、私がうっすらと知る日本人の教授が、ポール先生にvisiting researcherとして働きたいという打診をし、断られたという話も聞きました。

ポスドクの採用においても競争率がかなり高いらしいです。

私は最初のメールには返事が返ってきませんでしたが、ポール先生と近い別の先生を経由することで、なんとか会いに行くことに漕ぎ着けました。

初めてコンタクトを取る際には、下記のツイートなどを参考にするのが良いでしょう。

⑩手を付ける範囲を明確に決めている

ある領域に深く精通するには、それ以外の面白そうな仕事に手をつけないという決断も必要です。

私達のラボではその意識が明確に現れており、上述の3つの方向性以外は取り組んでいません。

もちろん技術的な優位性があるので手をつけたところである程度の成果は出るのだと思いますが、常に最前線で走っていくためには限られた領域でコツコツと仕事をするのが一番です。

さらに、高い情報収集能力とも関係があるのですが、どのグループがどの遺伝子に取り組んでいるのかも正確にまとめられており、それを見ながら他のグループとの競合を避けています。

他のグループへ敬意を払い、自分達にしかできない仕事を追求する姿勢にしびれました。

まとめ

ハイインパクトな研究を長きに渡って継続するには、そのための仕組みが必要です。

今回ご紹介した10のポイントは研究分野が違っても適用可能なものだと思うので、ぜひ参考にしてみてください。