私の所属するケンブリッジ大学生化学科では、研究者を育てることを目的とした講義がいくつかあります。
その中でも最近受けたグラントライティングに関する講義が非常に有益で、今まで持っていなかった視点を与えてくれたので、備忘録代わりに書き残しておきます。
Contents
授業をしてくれた先生について
講義をしてくれたのは同じ学科のシニアの先生でした。
彼はPIとして長年に渡って多くの研究費を獲得し、現在ではERCやBBSRCのグラントの審査員を努めており、申請者と評価者の両方の視点を持っているため、今回の話者に選ばれました。
グラントの2大区分について
研究グラントと聞くと、全てがHypothesis drivenな課題に対して与えられるというイメージがありましたが、実際には「Question based grant」と「Technology development grant」に大まかに分けられ、それぞれ書き方が違うそうです。
以下では私たちがターゲットとする前者について記載します。
応募資格のあるグラントを全てリストアップせよ
当たり前ですが、重要な視点だと思います。
グラントリストの中から、規模や採択率を考慮して、自分の現在のステージで出すべきものを選ぶことが推奨されていました。
ヨーロッパでは民間財団系のグラントもかなり規模が大きいので、広く選択肢を持つことが大事だそうです。
また、研究テーマ縛りのあるグラントも多いので、自分のテーマが指定領域の中に入るかどうかの判断も重要です。
そこで迷った際には財団にメールをして、アブストラクトをみてもらって、採択可能性があるかどうかを教えてもらうことが大事だそうです。
多くの財団では親切に対応してもらえるとのことです。
3つのPを意識せよ
グラントの採否にプロポーザルの与える影響は、50-70%くらいだそうです。
これが1つ目のPである「Project」です。
そのため、よく練られた申請書を準備することはいうまでもありません。
残りの30-50%は別の要素、「Person」「Place」によって占められます。
Personとはその人のアカデミックレコード(どういう論文を書いてきているか、どういうコミュニティに貢献しているか)で評価されます。
Placeはその研究を行うのに相応しい研究機関にいるのかを評価されます。
いくらいい研究でもコアファシリティに乏しい大学などに所属している場合には、採択の可能性が下がるそうです。
PhD studentやポスドクレベルのフェローシップであれば、指導教官が誰か?その人が活躍しているか?がPlaceとして評価されます。
これらを満たすために、申請書中には「この問題は私がXXという機関で取り組むのが最適であり、その理由は~だからだ。」と明示的に書く必要があるそうです。
Backgroundこそ良く練る
申請書の中身ではBackgroundの推敲は特に重要だそうです。
審査員はスタディグループとしてやや広い専門分野の括りで集められるため、その分野にピッタリマッチする人ではない可能性があります(例えば、植物科学から5人とか)。
そこで前提情報をわかりやすく示し、自分達の取り組む問題の重要性を分かってもらうために、Backgroundはとても大切です。
なるべく略語を排し、理路整然と記述することが求められます。
AimとObjectiveを整理して、Feasibilityを高める
Aimとはその研究課題におけるBig questionを、ObjectiveはそのAimを明らかにするために必要なステップを指します。
1つのAimの内部に、いくつかのObjectiveが存在するという階層構造を取ります。
また、Aimが複数存在する場合もよくあり、その場合はAim1とAim2が独立して遂行できる一方で、相互に関係しあう必要があります。
大型研究費の場合はAim1をAさんが担当し、Aim2をBさんが担当できるようなイメージです。
個人のプロジェクトにおいても同様で、博士論文の各章にそれぞれのAimがあるのと同じです。
意外にも、この階層構造を明確化できていないために、研究計画が漠然としてしまったり(Objectiveが少ない)、反対に記述された実験がBig question対してどう意義があるものなのかがわからない場合(ObjectiveがAimをサポートする構造になっていない)がよくあります。
実際に研究計画を書き始める前に、ロジックツリーを書いて明確にしておきましょう。
2ヶ月かけてじっくり推敲する
当落線上にある申請書の場合、採択・不採択を分けるのは推敲のステップです。
締切の2ヶ月前には申請書を一通り書き終え、その後、信頼できる人からのコメントを複数もらって、フィードバックを反映させていきます。
自分では自明と思っていることにも説明があったほうが良かったり、全体の構成・バランスについても読み手の目線で理解しやすいものに直すことができる余地があるからです。
コメントをもらう相手にふさわしいのは、「過去にそのグラントを取ったことがある人」だそうです。
また、その人から成功した申請書を見せてもらって、勉強することも大切だと言っていました。
さらに、審査員は必ずしも自分の研究に精通していないと先に述べたことからも、ある程度generaliseした重要性の強調も必要になります。
新しい領域に踏み出す場合
キャリアの中で新しい分野や研究対象に挑戦することもあると思います。
その場合にはどのような影響があるのかを質問してみました。
答えは「明確に不利になる」とのことでした。
若手のフェローシップの中には分野変更を条件にするものや、推奨するものもありますが、PIレベルのグラントであれば、先にPublicationがなければPeopleの観点で非常に低いスコアを付けられる可能性が高いらしいです。
もし新しい分野に挑戦したい時には
- 申請前にある程度実験を進めて関連論文を出しておく
- preliminary dataをなるべく乗せてアピールする
- 計画の半分近くは自分のこれまでの研究と強い関連性があり、スキル不足を補えることを示す
- コラボレーターを充実させて実現可能性を高める
などの対処法があるそうです。
終わりに
この講義を通して、ヨーロッパ系のグラントの書き方についてはかなり理解が進みました。
ラボ内の申請書はほとんど見せてもらっているので、構成や深さについてもある程度わかってきました。
日本の科研費とは様々な違いがあり、僕はヨーロッパ系のグラントの方がちゃんと内容を精査してもらえると感じています。
また、大学院教育の中でのプロポーザルの多くも、研究費の申請書と構造が共通しているので対策のしようがあります。
科研費はPeopleの部分が過去の研究よりもむしろ、国内での知名度などが影響してきやすいことや、日本国内の研究者だけでは審査員の層が薄く、審査員もsuggest/unsuggestできないことがばらつきを産む要因になると感じています。
審査員が申請書の良し悪しを判定できない場合(その問いが重要であって、アプローチが適切なのか実際は評価できていない場合)、過去のグラント獲得実績などが判断材料になってしまい、小さい研究費から順々にとっていかなければならないというシステム上の問題もはらんでいます。
このように、申請書には固有の特性もあるので、それらをよく理解して、研究を進めていくことが大事だなと思いました。