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書籍紹介|「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」あらすじ

2020年上半期に話題になった本の1つが、ブレディみかこ著「僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー」です。

私は車を運転しながらラジオを聴いている時に、たまたまこの本の紹介がされていて興味を持ちました。

その理由は舞台がイギリスで、子供の成長に焦点を当てた本だったからです。

「イギリスでの子育てってどんな感じなんだろう」と思っていたので、現地で子供を育てる方の視点は貴重だと思い、この本を手に取りました。

そして、本のタイトルにも興味をそそられました。

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」

どういう意味なのでしょうか。

実はこの言葉は、悩んでいた息子の落書きから来ています。

日本人、イギリス人のハーフに生まれて様々な経験をし、少し悲しい気持ちになったことを表現しています。

きっとこの落書きが作者の心にも深く刺さったためにタイトルになったのでしょう。

 

この本にはクスッと笑えるエピソードから、心温まるエピソードまで沢山の話が詰まっています。

その中から本記事では、大まかな内容、構成、印象に残ったポイントをご紹介します。

本の内容

「僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー」はイギリスの南端に位置するブライトンという街に住む女性(作者のブレディみかこさん)が、中学生に入る息子の1年半の成長を綴ったエッセイです。

日本人である作者とイギリス人の旦那さんとの間に生まれた息子は、市のランキングでトップを走る小学校で伸び伸びと育った後、ひょんなことから「元底辺中学校」に入学しました。

そこは牧歌的な小学校とは真反対の、社会格差あり、人種差別あり、いじめありの学校でした。

作者は息子がきちんとやっていけるだろうかと心配していましたが、息子は迷ったり、悩んだりしながら様々な問題を乗り越えていきました。

そこには私たち日本人が「グローバル化」「多様性」とひとくくりにしてしまう数々の問題があり、本書ではそれらの問題に向き合って、折り合いをつけていく中学生の姿が描かれています。

著者のブレディみかこさんはパンクでユーモラスな方で、異国での困難な経験でさえも面白おかしく語っているので、とても明るい気持ちで読み進めることができます。

一方で息子は真面目で思慮深く、懐の大きな少年です。

息子の成長を見守る母と、その予想を大きく超える息子の言動の数々に「子は親が思うよりもずっと大人なんだな」と教えてもらうことができます。

イギリスの社会構造や学校の仕組みをするにはもってこいの一冊です。

本の構成

もともと連載で書かれた記事を1冊にまとめたものが本書です。

そのため、書籍版は時系列に沿って、次の16のエッセイから構成されています。

  1. 元底辺中学校への道
  2. 「glee/グリー」みたいな新学期
  3. バッドでラップなクリスマス
  4. スクール・ポリティクス
  5. 誰かの靴を履いてみること
  6. プールサイドのあちら側とこちら側
  7. ユニフォーム・ブギ
  8. クールなのかジャパン
  9. 地雷だらけの多様性ワールド
  10. 母ちゃんの母国にて
  11. 未来は君の手の中
  12. フォスター・チルドレンズ・ストーリー
  13. いじめと皆勤賞のはざま
  14. アイデンティティと熱のゆくえ
  15. 存在の耐えられない格差
  16. ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン

印象に残ったポイント

ここからは特に記憶に残ったエピソードをご紹介します。

イギリスのカリキュラム

この本にはイギリスの教育制度について触れる場面が度々登場します。

中でも、第5章「誰かの靴を履いてみること」ではcitizenship educationについて紹介されてみます。

作者の息子が良い成績をおさめている科目が二つあり、1つは「演劇」、もう一つは「ライフ・スキル教育」です。

演劇が必修科目にあることも驚きですが、ライフスキル教育というのも聞きなれない言葉です。この科目ではエモーショナルインテリジェンス(EQ)に関する能力を習得します。

英国政府のサイトに行くと、イングランドで行われている、中学校におけるシティズンシップ・エデュケーションのカリキュラムの要約が上がっていた。

シティズンシップ・エデュケーションの目的として、「質の高いシティズンシップ・エデュケーションは、社会において充実した積極的な役割を果たすための知識とスキル、理解を生徒たちに提供することを助ける。(以下略)」

といった能力を育み、測定するそうです。その応用として議会制民主主義や自由の概念などについても理解を深めていくカリキュラムになっています。

能力評価は他の強化と同様に筆記試験が行われます。

例えば「エンパシーとは何か」というような問題を記述するのだそうです。

ヨーロッパでは概念的な事柄を記述させることが多いと聞きますが、中学生でこれを答えられるのはすごいですよね。

僕だったら今でこそ「共感性のこと。相手の立場に立ち、気持ちを理解すること。」と答えられますが、中学生の頃聞かれたら考えたこともなかったかもしれません。

この質問に対して作者の息子は「自分で誰かの靴を履いてみること」と答えたそうです。

これは英語の定型表現で、他人の立場に立ってみることを意味します。いい言葉ですね。

他にも「子供の権利を三つ答えよ」などといった問題も出題されるそうです。

せわしなく移り変わる現代だからこそ、こういった本質的な問いをじっくり考えることが、子供にとっても大人にとっても必要なのかもしれません。

育ての親

作者はイギリスで保育士として働いていた時期があります。

その時に出会った子供の中で、特に手のつけられなかったのが「リアーナ」という名前の女の子です。

その子の人生に起きた大きな変化から、子供を安全な環境に置いてあげる事の重要性を学ぶことができます。

最初に会ったのはリアーナが2歳の時だ。どうして彼女をそんなに鮮明に覚えているのかというと、群を抜いてストロングでバッドな用事だったからだ。

他の子供が持っている玩具や絵本に興味を持てば、相手をグーで殴り飛ばしたりわき腹に蹴りを入れたりして必ず手に入れ、保育士が自分より小さな赤ん坊ばかりにかまっていると、やっと立てるようになった1歳児の頭をざぶんと水槽に沈めたり、紅葉のような赤ん坊の手の甲に鉛筆をぶち立ててヤキを入れようとする、たいへんに凶暴な女児だった。

わたしは密かに彼女のことを託児所の極道児と呼んでいたほどだ。

当時のリアーナの母は全身にタトゥーを入れ、顔にもピアスがついた白人女性で、顔に大きな傷跡がありました。

それは服役中のジャマイカ出身の旦那さんからつけられたものだそうです。

イギリスでは家庭環境に問題がある場合、早期に行政や福祉指導施設が介入し、子供を保護します。

作者が託児所でリアーナを見てから十数年が経ったのち、息子の応援で来ていた水泳大会で偶然リアーナを目にします。

しかしリアーナは有名な私立校のレーンを泳ぎ、恵まれた家庭環境で育ったことは一目瞭然でした。

さらに観客席で隣に座った気品のある女性と話すうちに、彼女がリアーナの里親であることに気づきます。

保護された子供は里親の元をたらい回しにされることもあるそうですが、リアーナは幸運にも良い家庭で育つことができたのです。

このエピソードから、生まれた場所を選べない子供の悲劇と、救いの手を差し伸べる大人の重要さを感じました。

日本では児童虐待のむごたらしいニュースが連日報道されています。

子供を親から引き離すのは容易ではありませんが、日本もイギリスの仕組みを取り入れて、子供の権利を守れるようにした方がいいと、この本を読みながら強く思いました。

まとめ

「僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は母親の視点から、イギリスの中学校で起こる出来事と、それに向き合い成長する子供の成長を描いたエッセイです。

この本の魅力は「イギリスの社会構造・学校制度がわかる点」と「子供のたくましい成長ぶりがわかる点」の2つにあるのではないかと思います。

外国の教育制度に興味のある方や、海外で子育てをする予定のある方はぜひ読んでみてください。